東京高等裁判所 平成3年(ラ)506号 決定 1991年10月11日
抗告人
芝崎正
右代理人弁護士
小山香
主文
原決定を取り消す。
本件を横浜地方裁判所に差し戻す。
理由
一抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。
二当裁判所の判断
本件は、横浜地方裁判所川崎支部平成三年(ケ)第四〇号不動産競売事件について、不動産所有者たる抗告人が右執行事件の記録の閲覧・謄写を申請したところ、同裁判所書記官により、「売却条件が決定され、売却実施命令が発令されるまでは民事執行法一七条ただし書に定める執行裁判所の執務に支障があるときに該当するものであり、執行裁判所は事件記録の閲覧・謄写を許可しないことができるところ、右申請の時点においては執行官の現況調査報告書が未提出で未だ売却条件決定に至っていなかったので右執務に支障があるときに該当する。」としてこれを拒絶され、抗告人からの異議申立に対し、原審は同事件の進行段階その他諸般の事情に照らすと同書記官が執行裁判所の執務に支障があるときに該るとし、同事件記録の閲覧・謄写を拒絶した処分は相当と認められるとして右異議申立を却下したものである。
民事執行法一七条によれば、利害関係を有する者は事件記録の閲覧・謄写を請求することができるが、執行裁判所の執務に支障があるときはこの限りでないとされている。したがって利害関係人から閲覧・謄写の申請がなされた場合であっても、執行裁判所が事件の処理のために記録を必要としている場合には、その事件記録の閲覧・謄写の請求を拒んで差支えないし、また事実上記録とともに綴ってある書類であっても、それが未だ作成途中にあって未完成の書類である場合には、その書類はまだ記録の一部とはいえないから、これを除いて、すでに記録として完成された部分を閲覧・謄写させることで足りるけれども、たまたま未完成の書類が綴ってあるからといって、すでに完成している部分の事件記録についてまで閲覧・謄写を拒む根拠はないと解するのが相当である。
原審は本件において、事件記録全体につき執務に支障があるときに該るとして閲覧・謄写を不許可にした処分を是認していることは前記のとおりであるが、本件記録によれば、書記官が記録の閲覧・謄写を拒んだ理由は、慣行に従ったものという以上には出てないものであることが窺われるところ、右に述べた見解に基いて具体的に判断すれば、本件においては、未完成部分を除外した本来の意味での事件記録(完成された記録の部分)については、閲覧・謄写を許すこともできたのではないかと窺われるものである。本件閲覧・謄写申請を拒絶した書記官の処分の当否についての原審決定の判断は、民事執行法一七条の解釈を誤り、ひいては判断すべき具体的事実につき審理判断を尽くしていないものであって、是認することができない。
三よって、本件抗告は、この点で理由があるから、原決定を取り消し、先に判示したところに従ってなお審理を尽くす必要があるので、民事執行法二〇条、民訴法四一四条、三八九条を適用して、本件を横浜地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官上谷清 裁判官滿田明彦 裁判官亀川清長)
別紙抗告の趣旨及び理由
抗告の趣旨
一 原決定を取消す。
二 裁判所書記官田口マリが平成三年八月五日にした閲覧・謄写の拒絶処分を取り消す。
三 横浜地方裁判所川崎支部書記官は同庁平成三年(ケ)第四〇号不動産競売事件について申立人のした平成三年八月五日付閲覧・謄写申請を許可せよ。
との裁判を求める。
申請の理由
一1 決定には判決に関する事項が準用される(民事訴訟法第二〇七条)。したがって、決定においても民事訴訟法第一九一条第一項第二号の事実及び争点の記載が要求される。原決定はその記載がない。
2 したがって、原決定は民事訴訟法第一九一条第一項第二号に抵触する違法な決定である。
二1 原決定は横浜地方裁判所川崎支部には次の慣行があるとする。
売却条件が決定され、売却実施命令が発令されるまでは執行事件記録の閲覧・謄写を認めない。
そして、原決定は右1の閲覧・謄写させない慣行を是認し、民事執行法第一七条より優越するというのである。
2 最高裁判所が制定する規則が法律に優越するかどうかの議論がある。しかしながら最高裁判所が定めた規則でもなく、単に地方裁判所支部の慣行が法律より優越するというのは明白な法令違反である。
三1 当職が田口書記官に閲覧・謄写を願い出た当日、田口書記官は本件記録を執務には使用する予定はなかった。しかし次の理由で当職に対する閲覧・謄写を拒絶したのである。
現在の記録は完成品ではない、もし閲覧・謄写を許し後に記録中の評価書の間違い等を修正した場合、混乱が生じる。横浜地方裁判所川崎支部の慣行である。
2 民事執行法第一七条但書はまさに書記官が執務をするために記録を手元に置き、参照して執務をする必要がある場合をいうのであり、「評価書の間違いが当事者に判明すると困る」という理由は民事執行法第一七条但書に該当しない。
四1 原決定はさらに
不動産競売事件の一件記録により認められる同事件の進行段階その他諸般の事情に照らすと、同書記官が、執行裁判所の執務に支障があるときに該るとして同事件記録の閲覧・謄写を拒絶した処分は相当である
とする。
2 申立人、さらには弁護士である当職は受任した本件競売事件が手続上、実体上、適正に行われているか、点検するために事件記録を閲覧・謄写する必要がある。右1のように民事執行法第一七条但書に該当するとして、閲覧・謄写の重要な権利を制限する以上、具体的な事実を挙げるべきであるところ
原決定は単に「一件記録により認められる同事件の進行段階その他諸般の事情に照らすと、同書記官が、執行裁判所の執務に支障があるときに該る」とだけ述べるのは何ら同書記官の執務の支障を明らかにしてないのである。
五 不動産競売手続事件の所有者にまで閲覧・謄写を拒絶し手続を進行するのは納得できない。原審は民事執行法第一七条の解釈を誤った。不動産競売手続当事者の閲覧・謄写を拒絶したことは、憲法三一条の適正手続条項及び憲法三二条の裁判を受ける権利の侵害でもある。
六 よって、抗告の趣旨記載の裁判を求める。